「ある日のある庭」
京次郎は眉間を指でつまんでいた。
これが彼の癖であり、考え込む時はこれに小さな舌打ちが交った。
その指は彼の浅黒い肌には似つかわしくなく、細く優麗だった。
彼になんの魅力も感じないと思う女でも、
その指だけはある種の妖艶さを感じずにはいられなかった。
触れてみたい、触れられたいと思わせる指だった。
実際のところ、その仕草全体が、彼を美しくさせていた。
「また一からやり直しか」
「そういいなさんな」
広げた原稿を素早く丸め、新しく文字を綴りだす。
決してうまいとは言えない字だが、大きさの割には整っていた。
横で京次郎をなだめた男は下なめずりをしすぎて赤くなった唇を指でこすった。
痒いような、乾くような、言い知れぬ不快感を顔に表していた。
「それで、あんさんはどうするつもりで」
「私はいつかの夢でも追いかけようか」
「冗談ばかりだ」
「そうでもないさ」
京次郎の文は、所謂現代風で、明らかに読者を意識したものだった。
本来彼の目指すものとは、現実に内包された超現実の世界観であり、即ちシュルレアリスムだった。
その題材はあまりに重く、あまりに抽象的すぎて(実は誰しも内包する世界だったが)、
小説を身近に感じ始めた民衆には到底受け入れられそうになかった。
この友人以外には。
「私は好きだった。」
「君こそ冗談ばかりだ」
「否。本当だとも。」
京次郎は黙した。百万の民の評価よりも、欲しかったのは彼の言葉だった。
彼らに愛された彼に、愛されたかった。
「友よ。君は冗談ばかりだ」
夢と現実の狭間でまどろみもがく。
まっさらの原稿用紙に向かった京次郎は、友人の顔を見た。
(そうか、私はもう、「過去」か)
万年筆を置いて友人越しに庭を見る。殺風景な庭に陽がさしていた。
時を止めるには良い日和だと、少しだけ微笑んだ。
了
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